皆さんのお声は、このような障害年金の制度があることを一人でも多くに人に知ってもらいたいと祈念されてお寄せいただいたものです。
神奈川県 匿名様
関東在住の50歳代の者です。障害は難聴です。
4年前の退職後に市立病院で診察を受け、市役所から障害者手帳を交付されていました。ホームページを拝見するまで、まったく障害年金受給の知識は無く事後重症の請求? とか 初診日が厚生年金加入時の医者の診断書? など?
早速、社会保険事務所と市役所に出向きお尋ねすると当時の診断書があれば請求できるけど、無ければ駄目よ^^;と冷たくあっさりだ・・・
とにかく4年ぶりに市立病院に、障害年金受給のことで行ってみたところ、“聴力を測ってみるか?” ハナシがあさっての方向で噛み合わない・・・測定後、“6級の手帳が4級になるよ、また市役所の補助金もらって補聴器をつくるか?”・・・
この時点では、過去の診断書、難聴に関する資料が一切無く、目の前で扉が閉まる終電車を思いながらの帰路であった。途中には市役所もあり、自宅を通り過ぎたその先には社会保険事務所がある非常に恵まれた住環境を恨めしく思ったのは今でも忘
れません。
しかし、この恵まれた住環境の中をいくら動いても先に進めないことを悟り、専門家(社会保険労務士)にお願いすることを決意した。終わってみれば10年前の初診日で苦労もありましたが、裁定請求の作成に当たりましては非常に楽に出来たと思います。行政の冷たさとは無縁でした。手許の裁定請求書を読み返すたびに、お願いしてよかったとつくづく思います。終えた今でも、これを自力でやれるとは思えない。恐らく、時代が違いインターネットがなかったならば、私は今、年金証書は手にしてないでしょう。簡単に想像ができます。天空より降りたロープをしっかり握り、数々の都市伝説を掻き分け、助け上げられたような思いであります。ありがとうございました。
北海道 匿名様
私は幼少の頃から視力が弱く、眼鏡店へ言っても合うメガネレンズがほとんど見あたらなく、メガネをかけてもかけなくてもほとんど変化はなく左右の目とも0.1〜0.15程度の視力で、北海道大学病院で弱視と判断されました。
また原因を特定することが出来ず治療方法も現在ありませんと言われました。
学校では教室の一番前の席にもかかわらず黒板の文字が見えなく、また当時の黒板はテカリがあって光って見づらく、とても苦労致しました。また、人には目が悪いと知られたくなく虚勢を張って生きて来ましたので、とても疲れました。しかしそれに慣れる事で何とか長い間生きて来れました。
しかしつい5〜6年前頃から急に目の中心部視点あたり一部分が全くと言うほど見えなくなり病院へ行きました。その時の視力が右0.01左0.02で、黄斑変性症と診断され、ふたたび直る見込みもないとの事、この度専門家(社会保険労務士)にお願いして障害基礎年金を請求する事にし、無事に20才前、事後重症扱いにて、障害基礎年金1級の証書が私の手元に届きました。
確かに現状では私の視力は障害基礎年金1級に相当するようですが、初診日があいまいのため受給がかなり遅れる可能性もありましたが、即、受給できました。
●国に対して一言、言わせてください。
この国、日本ではこの障害年金を受給するのに、自分で請求手続きをしなければ受給する事が出来ません。他の先進国とくに欧州ではどうぞ受給してくださいと国の方から案内が来るとの事、ごく普通の事でです。私は恥ずかしながら、この年になるまでこの様な制度があることを知らず、長い間生きてまいりましたが、ごく最近になってテレビの報道を見てこの障害年金と言う存在を知りました。
きっと世の中には私よりもっと大変な人は、大勢いらっしゃると思われますが、知らずにいる人々に、是非この制度を教えてあげたいと思っております
群馬県 匿名様
こんばんは。本日、年金証書が届きました。
こんなにうれしいのは何年ぶりでしょか!
「裁定請求」の通知は五月中旬ぐらいかなと思っていたところに、約1月半という速さで
結果が出たので喜びも2倍、3倍です。ありがとうございました。
埼玉県 匿名様
心臓機能障害で障害厚生年金3級の年金証書が届きました。只今、妻と一緒に喜んでおりました。うれしくて何度も読み直ししています。
暖かくなったら少しは体調も良くなるかと思いましたが、あまり体調も良くないので今回の年金受給は非常に助かります。今までは、生活のために働かざるを得ず 無理を重ねてきましたが、これからは、体調が悪いときは、仕事は休んでもいいのだと思うと とても精神的に楽です。
障害年金については調べれば調べるほど、よほどの確実な傷病でなければ、個人で申請するのは難しいと感じておりました。的確なアドバイスをいただき、さすがに詳しい方でないと細かな所まで気が行き届かないと感じさせられ、お願いして良かったと痛感しております。
高知県 匿名様
10年以上も前の交通事故による脳幹損傷で妻は重度の障害者になってしまいました。このような制度があることを知らず現在まできてしまいました。
御事務所のHPにめぐり逢うことがなければ、何も知らないまま過ごしていたことと思います。ほんとうにありがとうございました。
佐賀県 匿名様
お久しぶりです。先日、待ちに待った年金証書が届きました。
網膜色素変性症での年金請求で、障害厚生年金を認めていただきました。(それ以前に、正直言って、受給できるかどうか自信がなかったのですが・・・。)
届いた証書を拝んで、涙ぐんでしまいました。主治医の先生にご報告&お礼に伺ったところ、先生も大変喜んで下さいました。(^o^) 本当にありがとうございました。
鳥取県 匿名様
本人より、昨年春に「パーキンソン病で、障害基礎年金の申請をしたが『不支給』だった」ということを聞きました。私は友人として、こんなに困難な状態になっても何の社会的な保障を受けることができないことが不思議であり、憤りすらえました。
1度目の不支給のこともあり、2度目は慎重にしなければまた同じ結果になる、ということはわかるのですが、なにぶん素人ゆえわからないことだらけでした。
そこで「何とかならないものか」という思いから、インターネットで検索しているうちに社会保険労務士という存在を知りました。
「障害年金を獲得する」ためには経験豊富なプロの先生のお力をお借りすることが最善の方法だったと、届けられた「年金証書」を前にしてしみじみ思います。
今回の過程の中でいつも適切なアドバイスをくださり、親切にご対応くださったこと本当にありがとうございました。
島根県 匿名様
49歳男性です。
(1) 幼少期にポリオ罹患し右足に麻痺が残る。幼少期の身体障害者手帳は5級
(2) その後健常者と変わらず学校に通い、そして社会へ・・・。その間、本能的に健常者に負けまいと仕事でも体力面でも奮起。
(3) 既往症のポリオは年齢とともに不自由さが増し、身障者手帳の更新を考えたが3〜4級までと聞き、メリットがないので再申請は行わず。
(4) 35歳で健常側の左足に神経麻痺発生。当時は医療機関でもポストポリオに対する認識が薄く、キンジストロフィーの疑いと診断される。その後、全国のポリオ会会報で、ポストポリオを知る。
平成18年2月社会保険庁がポストポリオは既往症のポリオとは別との判断を知り、平成18年に身体障害者手帳の再交付申請にて「両下肢に著しい障害を残すもの」として2級となる。
(1) 障害年金の手続きを手探りで自分で行うも、見事に「不支給決定」の通知。
(2) 申請後も足の具合は良くなく、体のバランスが崩れたせいか、倦怠感・筋肉の鈍痛・膝痛や腰痛で月に数回職場を休む状態。家庭を守る責任と家族に心配をかけまいと思う一方で、このままでは仕事の継続もいつ難しくなるか不安が募るばかり。
(3) ポリオ会のホームページからリンク、様々な障害年金の取扱事例があり、その中にポストポリオの事例を発見。もしかしてまだ可能性があるのではと思った
(4) 障害年金申請の助言をいただき、事後重症請求手続を社会保険労務士に依頼。
(5) 平成20年3月、待ちに待った障害厚生年金の年金証書が届く。 まだ、どうにか就労できているし、多分無理だろうと思っていただけに、本当に本当に嬉しかった。
全国の障害を抱え一生懸命生きておられる方が、国の制度を利用するに当たり、その手続きは決して容易でないことをこの度実感しています。


